美術史の小窓 その2 ―五島美術館で源氏観察―

美術好きの人には
  「いつかあの作品を見たいな~」、という夢があるでしょう。。
美術史好きの人には
  「いつかあの作品とあの作品を並べて見たいな~」、という夢があるんです!!

そんな私の夢のコラボがちょっとだけ実現している今回の展覧会。

それはかの有名な「源氏物語絵巻」とそこまで有名ではない「久能寺経」。。


作品を並べて見比べる、それだけで分ってくることが沢山あります。

  なんで似てる部分があるんだろう?
     作者が同じだから?どっちかがどっちかを真似したから?なんか共通のタネ本があるから?
  なんで違う部分があるんだろう?
     作者が違うから?時代が違うから?本物と贋物だから?

そんなことを展覧会に行ったり、図録をひっくり返したりしながら飽きずにやってるのが美術史オタク。。
  嵌り出すとキリがないのよ、、ホントに...そんな暇があったら...イヤ、止めときましょう。。

今回の暇つぶしは
「源氏物語絵巻」はいつ頃作られたの?というギモン。

モノの本には12世紀頃作られたなんて書いてありますが、
もうちょっと限定できないもんかと色んな人が色んな説を出しているんです。

一般に美術品の制作年代を知るには
 
 ① 関連した歴史資料や奥書などに年記があれば直接的に年代を知ることができる。
 ② 様式的な流れから他の年代の分っている作品との比較によって間接的に年代を推測する。
 ③ 絵の場合、描かれている内容(建物や風俗など)によって年代を限定できる場合もある。
 ④ C14や年輪年代法などの科学的測定法を用いる。

といった方法がありますが、
「源氏」の場合、①のような資料はなく(注1)、③は過去の架空の物語を描いた絵だからナシ、
④も破壊を伴う検査は無理、ということで②の方法に頼らざるを得ません。

ではどの作品と比較すればいいんでしょうか??
絵巻じゃ一番古いっていうんだから較べる作品なんてあんまりないんじゃなの?とお思いのあなた、、

実は「源氏物語絵巻」の制作年代を考える上で決定的に重要な作品が二つあるんですよ!

それが「久能寺経」と「平家納経」という二つの装飾経。。
この二つは源氏に良く似ていて、しかも制作年代がはっきりしているというありがたい作品なんです。。
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 「久能寺経」薬草喩品、武藤家蔵
   (今回は展示されません)
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 「源氏物語絵巻」夕霧巻、五島美術館蔵
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 「平家納経」観普賢経、厳島神社蔵
   (今回は展示されません)











いずれの作品とも料紙には源氏と同じように切箔・野毛・砂子を散らして善美を尽くした紙を用い、
能筆の貴族が字を書き(お経なので漢字だけ なのは残念ですが)、
見返しには絵さえ付いてるんです(それも源氏と同じような引目鈎鼻の人物の場面もあります)
さらに3作品ともまず間違いなく同じ宮廷絵所で作られたということが重要。

奥書などから
 「久能寺経」は1141~42年頃、
 「平家納経」は1164~67年頃、
に作られたことが分っています。

そして問題の「源氏」は、
画風・書風・料紙装飾いずれも面から見ても
「久能寺経」と「平家納経」の間
と言われてるんですよ!!

そう言った人の代表が田中親美(1875-1975)。。
親美って誰って??

お~まいが~っど...親美翁を知らない人に翁(100歳まで生きた人なので翁が似合う人なんです)
をどう説明すればいいんでしょうか...
平安の古筆や絵巻の研究家、っていっても論文を書くような人ではないし...
益田鈍翁などの個人キュレーターみたいなことをしていたこともあり、、、
 (源氏や佐竹本三十六歌仙をバラバラに切り離したのも親美翁)
でもまぁ、一般的には一番有名なのは古経や絵巻の模本制作かな~

そう、親美翁はいま問題にしている「源氏」「久能寺」「平家」の全てについて、鈍翁や徳川さんから
頼まれて原本を数年脇において独りで完全コピーをなしとげたという前代未聞の人なんです。。
 (実際には写真版を見て制作し本物は時々参照するということだったらしいですが、、
  まぁそうですよね、、)

そんな人ですから、こと平安の古筆や絵巻の鑑識眼においては、自分は親美翁より上なんて言える人
は現代の研究者でもまずはいないはず。。

翁は後の述懐で、模本制作をしている最中に「源氏」は二つの間だな、と気付いたと言います。
論文にしてる訳じゃないので先取権は他の人にあるのかも知れませんが、
最初にこの3者の前後関係に着目したのは親美翁だろうと思います。

しかし、だ、いくらエライ人が言ったからって自分の眼で判断しなきゃ研究的態度とは言えませぬ。
そんな訳で不肖わたくしも、この三つを並べたところが見たいという夢を長らくもっていたんですよ。。
  (残念ながら未だ実現していませんが)
まぁそれでも「平家」が「源氏」より後だってのは図版で見ても明らかに分るんです。
が、「久能寺経」との前後はより微妙。。つまり「源氏」は「久能寺経」の時代により近い可能性が
高いってことでもあります。

だからせめて「源氏」「久能寺経」だけでも並べて見たい...
そこに今回のビッグチャンスが!!
なにしろ「源氏」「久能寺経」両方持ってるのは五島美術館だけなんです!

しかしちょっと残念なのは五島にある「久能寺経」には見返し絵が付いていないこと、、、
加えて、あれ?なーんと今回の展示予定を見たら二つは別々の展示室に展示されることになってる
じゃないですかー( ̄ロ ̄|||)!!

..まぁ仕方ないか..「源氏」と同じ部屋には道長の埋納経や目無経が展示されるということ
なので、、それはそれで納得の展示ではあります。。

二つの展示室の間を何度もうろちょろしてるのがいたら、、私だと思って下さい...


「源氏」と「久能寺経」が展示される五島美術館の展覧会「時代の美-奈良・平安編-」後期展示は
11月6日から18日まで(すぐ終わっちゃうよ~)

なんか今回はマジメだったな~長いし。。


注1

『長秋記』という平安時代の貴族の日記には、元永2年(1119)に源氏絵を制作したという
記録が残っています(平安時代の唯一の源氏絵制作の記録です)。
えっ!じゃこの絵巻は1119年に作られたってことでいいんじゃないの?
いやいや、それはちょっと短絡的なんです。

実際には古記録に記載されている絵巻の大半が現存しませんし、
現存する絵巻の大半は同時代の記録に登場しません。
要するに、当時数百も作られたであろう作品の内、
数十が当時の記録に残り、数十が現存する(つまり両者が重なるのは数える程)ということ。
  
源氏絵も12世紀だけでどんなに少なくとも数点は制作されたはずです。。
ですから様式的な特徴からも1119年に近い頃の制作と推測されるんであれば、
『長秋記』記載本イコール「現存本」と判断できる可能性も高くなりますが、
そうでない場合、安易に結び付けるのは牽強付会というもの。。

ただ現在でもこの絵巻こそ『長秋記』記載本だという見方は根強くあります。 
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by brevgarydavis | 2012-11-08 04:53