祝!東京国立博物館 東洋館リニューアルオープン!

おとといのダイオウイカはすごかったですね~~~くコ:彡 あのつぶらな瞳はまさにエイリアン...
深海にはかないませんが、昨日の東京の雪景色もなかなか異界感満載でしたよ。。
b0283699_1135437.jpg
                    上野公園 (2013年1月14日午後3時頃)

そんな中1月2日にリニューアルオープンした東博の東洋館に行ってまいりました。。
b0283699_11422547.jpg
b0283699_11425097.jpg
って実はすでに3回目なんですが...(我ながら年明けから閑だな~┐(-。ー;)┌ヤレヤレ)

なにを隠そう、この東洋館こそ不肖私が行った回数が一番多い博物館。。
行く頻度と年数を掛けると200回以上行ってるのはまちがいありません(昔から閑?..ヤレヤレ)。

今回のリニューアルはもともとは耐震改修が主な目的。。数年前に行った診断では本館(1937年竣工)や表慶館(1908年竣工)と較べて4割ほどの耐震性能しかなかったそうです。 あぁ情けなや私が生まれた時代のインチキさよ...国立の博物館なんだからゴジラが座っちゃても大丈夫なくらい頑丈に作っとけ!って話ですよね~。東日本大震災の時にはほぼ補強を終えていたため事なきを得たとのことですが、被害が出てたら国辱もんですわ、ホントに(Θ_Θ;) 。。で、ついでに展示ケースと照明も一新し、地下の展示室も久方ぶりに使用することになったということです。

昔ポスターかなんかの展示で地下の最初の部屋に入った記憶はありますが、ワンフロア全部展示室に使える造りだったとは知りませんでした。B1から直接外に出られるようになってるのは東近美が2Fから直接出られるのに似てますね(雪の日には閉じられてましたけど)。。展示室の独立性より動線を重視したスタイルも当時の谷口建築に共通する特徴かな。東近美では感心しませんでしたが(東近美リニューアルの記事を参照されたし)、ここでは立体作品やケースに入った作品が多く、種類も多様なのでこれも悪くありません。。

照明とケースは現時点で望みうる最良のものでしょう。。本館の漆工の展示ケースはちょっとおシャレ過ぎて建物と違和感もありましたが、東洋館のは自然に収まってると思います(出し入れの時どこがスライドするのかよく分からん...)。占いコーナーなども比較的控えめで(音は吹き抜け一帯にガラガラと響き渡りますが)私のような年寄りにもまぁ許容範囲かな。

残念な点としては、仕方のないことですが特に中国陶磁の展示スペースが足りないことと、新しい収蔵品がなかったことですかね。1968年にオープンした時は結構まとまった寄贈があったみたいですが、平成のお金持ちの皆さんにも是非寛大なご損贈をお願いしたいところ。。

展示品を紹介してるとキリがありませんが、せっかくなので則天武后(乾隆帝のお宝の記事を参照されたし)関連の2点だけ触れておきましょう。。

まずは宝慶寺の仏龕群。。
b0283699_14485315.jpg
これらは以前から常設で展示されてるので馴染の方も多いでしょう。もともとは長安で仏舎利が発見されたのを記念して長安3~4(703~704)年に則天武后が建てさせた光宅寺七宝台を荘厳していた石彫群。その後宝慶寺に移されましたが、20世紀に入って多くが国外に流出しました。
現存する32点の内、三尊仏が25点、独尊仏が7点、国別でいうと中国に7点(うち6点は今も宝慶寺にある由)、日本に21点、アメリカに4点です。
もとはボストン美術館に多くの中国美術品を納めたことで知られる早崎梗吉が中国から持ち出したようで、しばらく前までは19点が目白の永青文庫にありました(現在それらは東博が15点、奈良博、九博が2点ずつ所蔵)。日本では他に根津美術館と個人蔵の2点があります。
東博の展示の醍醐味は15点もの像が並んでいるため個々の作例の違いをたっぷり観察できること。新しいライティングのおかげで表情もくっきりと2割方ハンサムになられたみたい。。グプタ彫刻と薬師寺の聖観音立像の間に並べて展示したいような見事な像もあれば、少しばかり間の抜けたお顔もあって見比べてると楽しいですよ。。

もう一つは碣石調幽蘭巻五(部分)
b0283699_14544496.jpg

これ、楽譜には見えませんが7-8世紀に遡るほとんど東洋最古の楽譜なんです。
「幽蘭」なる琴曲の文字譜の一部(琴と言っても日本のお琴とはちょっと違った中国の文人が弾いてる七弦の琴(キン)。日本の琴(コト)は正確には箏(ソウ)って言いますね)。
先日浙江省博物館行った時もこの複製が展示してありました。
なんでこれが則天武后と関係あるかといいますと、右上の方、破れた所を継いで別の人が字を補ってるの分かりますか?墨の色とか文字の大きさが違いますよね。。その四行目の四文字目、「禎明三」の次の文字が「年」という字の則天文字なんです。犂みたいな字ですが「千千万万」を合成した文字だと言われています。則天文字が正式に使われたのは西暦でいうと690年から705年の間。。それ以降も民間ではしばしば使われ続けたので、直ちに705年以前とは言えないんですが、書風もいかにも8世紀初め頃の堂々としたものなので補筆が行われたのはやはりその位の時期だろうと推定されています。
お経の場合は唐時代のものも比較的多く残っているので則天文字の使用例も結構あるんですが、このように非仏教系の漢文で同時代の則天文字が使われてるのは超レア。。則天文字が時代推定に役立つ好例です。
昨年には山寺美紀子氏が詳細な研究書を刊行されています。
『国宝『碣石調幽蘭第五』の研究』
また、推定復元された演奏をYou Tubeで聴くこともできます(便利な時代になりました)。。
七絃琴演奏 碣石調幽蘭第五 伏見无家

かくのごとく展示品から直ちに則天武后関連のモノを見出せるというだけでも東博のアジアコレクションの厚みと質の高さが分ろうというもの (西アジアや南アジアは弱いですが...)。。アジア関係のコレクションとして世界で五指に入るとは言いませんが、十指には入る博物館です。

「碣石調幽蘭巻五」の展示は2月24日まで、「宝慶寺の仏龕」は半永久的に展示されてます。。


ついでですが、以前セゾン現代美術館の記事で触れた大黒天像(文化庁蔵)がちょうど本館で展示されてたので紹介しておきましょう (申し訳ないんですが特別公開ということでわずか2週間、1月14日で展示終わっちゃったようです...)。。
b0283699_23233061.jpgLEDのおかげか以前見たときよりずっと迫力が増した気がします。快兼(快慶じゃありませんよ)による貞和3(1347)年の作で、南北朝期の仏像としては卓越した出来。。もともと東大寺の食堂を再建する時に(南都焼き討ちから160年余!!)食堂の守り神として作られた像です。厨子(今回は展示なし)にその詳細な経緯が記されていて興味深いんですが、オチのない話なので今回は止めときましょう。。(そういえば三彩羅漢の追記もしてないな~そのうちには...)


あっ、本館入ってすぐ左の部屋はミュージアムショップになるみたいですね (現在閉鎖中)。。
便利ですけど、場所が場所だけにあんまり露骨に商売っ気が見えないような上品な雰囲気を希望。

東博といえば王羲之や円空も話題になってますし、書きたい展覧会も沢山あるんですが、私のブログ書くペースじゃ追いつかなくてスルー続き...やっぱもっと短く書かないとダメだな、こりゃ...( ̄ω ̄;)
[PR]

by brevgarydavis | 2013-01-15 11:47