「書聖 王羲之展」 若干の追記など。。

先日「書聖 王羲之展」行った勢いで、『西川寧著作集』など引っ張り出して読んでみたら、、
自分が昔読んだことをなんにも覚えてないことが判明。。(x_x;)
いくつか備忘のために面白そうな点だけ追記しときますわ。。

西川寧「米元章の虹県詩」(『書品』153号,1964年、『西川寧著作集 第二巻』に再録)から
考察や鑑賞(興味のある人は必読です!)は抜きにして西川氏と虹県詩巻の出会いの所だけ
かいつまんで紹介すると、、

 少年の頃、父(言うまでもなく春洞氏)の蔵書中に「虹県詩」の拓本を発見して
 その痛烈無比なたたずまいに深い印象を受ける。
 昭和13年北京留学の折、鋳新という美術品の撮影に長けた写真屋のところで
 虹県詩の原本の写真に遭遇、真跡本が現存していることに驚き、所在を問うが分からず。
 昭和28年東博で書道名品展が開かれることになり、大阪の阿部孝次郎氏(大阪市立美術館
 に昭和17年中国書画の大コレクションを寄贈した人、蒐集したのは父の房次郎氏です)の許へ
 米芾の行書三帖巻(これも現在は東博が所蔵)などを拝借に伺うと、米芾ならもう一つ
 虹県詩がありますよ、と言われて唖然呆然、ただこの時はどこに仕舞ったものか見つからず
 実際に対面できたのは昭和36年の宋元美術展の時だった、とのこと。。

阿部氏といえば趙孟頫の「玄妙観重修三門記」(これも現在は東博が所蔵!)についても
長尾雨山が房次郎氏と歓談している折、かつて北京で見た同書に話題が及ぶと
それならうちにありますよ、と言われて驚愕したことをその箱書に書いています。。

全く阿部家(東洋紡の社長を歴任)は日本の中国書画コレクションにとっては大恩人!!
あぁそれならうちにありますよ、って私も一度でいいから言ってみたいわ~

阿部コレクションに関しては帝室博物館に受け入れを断られた有名な話があって、仄聞の限りでは一括で寄贈したいと申し出た阿部孝次郎氏に対して、溝口禎次郎氏が選別の上でなら受け入れても良いと答え(チョー上から目線じゃん!!)実現しなかった由(結局前述の通り大阪市立美術館に寄贈されることとなり、それはそれで大阪市美の発展の礎ともなって良かったんですけど)。たかだか百数十巻、それも超名品揃いの掛軸を全部はいらんと門前払いにした東博のアホさかげんに当時から中国書画に眼識のある人は嘆いていたといいます(東博は中村不折の書道博物館コレクションも受贈を断ったことがあります)。。でも上の話などからすると孝次郎氏が一括で寄贈したいとした作品以外にも、選んで家蔵に残していた作品もあったようですね(その内の重要作が東博に入ってるというのもまた皮肉な話ですが...)。。念のために言っとくと溝口氏も日本美術の優れたコレクターとして知られていた人。。なんで断ったんでしょうね~?
戦前に中国から流出した多くの書画を扱った博文堂の原田吾朗氏の回想では、辛亥革命後に日本に入ってきた画は以前から日本に伝わっていた画とは異質だったので特に東京の方では偽物と見做す人が多かった、というようなことが語られていますが、昭和17年の時点でもそういう認識が普通だったんでしょうか?それとも溝口氏は潔癖にも阿部コレクションに含まれてた実際に怪しい作品を除くよう要請しただけなんでしょうか?詳しい事情知ってる方、ご教示下さい。


ついでに『西川寧著作集 第一巻』には、今回の王羲之展の目玉の一つ「行穣帖」(プリンストン大学付属美術館)に関して、張大千が1959年に一度日本に持ち込んだ後、1961年の7月から12月にかけては西川氏が自宅で借覧していたことが書かれています。。戦後日本経由でアメリカに渡ったり中国に戻ったりした名品は少なくなく、その頃の日本には名品を留めるだけの金が無かったということですね..。当時のお金持ちも中国趣味の強かった戦前の富豪とは様変わりしていたということもあるんでしょう。

前回の記事では中国から20世紀に流出した書の名品のほとんどは日本に請来された、って書いちゃいましたが、それはちょっと言い過ぎですね。絵の場合はアメリカに行ったのが西域出土品を除いて6~7割位かと思いますけど、書も超のつく名品に関しては2~3割はアメリカに行ってるかな。。主要なものはほとんどエリオットコレクション(プリンストン大学)とクロフォードコレクション(メトロポリタン美術館)に限られてますけど (『海を渡った中国の書』,『The Embodied Image』参照、そう言えば大阪市美もどうなるんでしょうか...)

b0283699_2115328.jpg王羲之展には小川コレクション由来の周知の作品2件も展示されてました。左の伝・智永筆「真草千字文」と高宗筆「徽宗文集序」の国宝二つです。「真草千字文」は今でも小川家の所蔵なんだろうと思いますが、小川コレクションの多くは平成11~18年頃、文化庁によって購入されました。詳しくは知りませんがコレクションのほとんどは小川為次郎氏(1851~1926)の収集品なのでしょうから法人化することもなく80年近くもコレクションを維持していたというのはスゴイですね。国宝5件、重文32件にも達する群を抜いた書跡の個人コレクションでしたが...日本の文化史上極めて重要な作品を多く含みますから、散逸することなく国に収まったのは良いことなんでしょう。まぁ昨今の経済状況では個人で買える人もいないのかもね。。

おまけで国が買った小川家の旧蔵品の主要なものを挙げときますわ。。

(国宝)
  宋高宗「徽宗文集序」1巻ほか3巻、7億9250万円
  「花厳経音義」上下2巻ほか3巻、7億6750万円
  「金剛場陀羅尼経」1巻、5億4000万円
  「世説新書」巻6残巻ほか3件、4億1500万円

(重要文化財)
  「曹勛迎鑾記」1巻ほか7件、5億3500万円
  「家地立券文」1巻ほか7件、4億7750万円
  「首楞厳経」巻1ほか1件、9400万円
  「墾田立券文」1枚、9000万円
  「大乗掌珍論」1巻、8000万円
  「法華経」巻6残巻、7600万円
  「扶桑略記」巻2残巻、7000万円
  「是法非法経」1巻、6000万円
  「三戒経」巻下1巻、6000万円
  「華厳略疏刊定記」巻8残巻、5000万円
  「法華経」巻2,4、3000万円
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by brevgarydavis | 2013-01-30 14:13