奇態(extravagante)の系譜 ―エル・グレコ展―

はぁー花粉症でなんもする気がしまへん( ̄。 ̄)ボ~~~~ッ。
家帰ってもビール飲んでテレビ見ながらゴロゴロ...あっ、それはいつもと同じか(爆)。。

エル・グレコ展、会田誠展、白隠展、クラークコレクション展、ラファエロ展等々どれも充実した展覧会で楽しめましたが、特に花粉症を押してまで書きたいこともないしな~でもせっかく荷物の山の後から昔の図録引っ張り出したのでEl Grecoに関して心に浮かぶ由なし事など、未整理のまま二つ,三つ。

今回の展覧会、51点の油彩画が集結する「日本で開かれたエル・グレコ展で過去最大規模」っていうのが謳い文句ですが、そもそもグレコ展は日本じゃ1986年の1回しか開催されてませんしその時も油彩49点来てるからあんまり変わんないよね...(どちらも1点グレコ(工房)以外の作品あり)。
美術史的に興味深い作品はいくつか来てますけど、むしろ前回の方がグレコらしいドラマチックな一般受けする絵は多かったような気がします。大型作品も多かったしなぁ。。
でも昼下がりに山手線でこれだけのグレコ作品を見に行けるのは確かにありがたいこと。。
昨年度から始まった美術品補償制度のおかげかな、と思ったらこの展覧会は適用受けてないみたい。
なんで??
前回と重複してるのはざっと数えた限りでは11点。

パルマの作品は洗浄しましたな。。
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 「盲人を癒すキリスト」、50×61cm、c.1571-72、パルマ国立美術館蔵   (左)1986年→(右)2012年

エル・グレコの場合、美術史的に最大の問題点は次の二つ (モチロン私がそう思ってるだけですが…)

A. エストラバガンテと評される彼独自の画風は一体何に由来するのか。
B. 多くのレプリカやヴァージョンを整理してその工房活動の実態を明らかにすること。

Aに関しては(あ、”extravagante”ってのは「一線を越えて向こう側で彷徨っちゃってる」という意味で17世紀以来グレコの絵を語る時の常套句です)、
ビザンティン美術やイタリア・マニエリスムの影響を探るものから、当時の神秘主義的思想を持った
パトロンたちの意向、あるいは画家の狂気や乱視(!)にその特異な画風のルーツがあるとする
ものまで様々な説が出されました。

近年の研究の進展によって、今では眼やオツムがヘンだったなんて説は完全に否定されていて、
むしろグレコは極めて理性的かつ高い教養を持った画家だったというのが定説になっています。
(それを証拠立てたのが彼自身の大量の書き込みのある『建築十書』と『芸術家列伝』の発見。
前者は今回展、1986年展の両方に解説を寄せているマリーアス氏らがマドリードの図書館で、後者は
プラドの館長などを務めた故サラス氏がロンドンの古書店でたまたま(!)発見したものです。書き込み
のスペイン語はちょっと怪しいらしいですが、その内容は彼の画風が宗教的情熱の産物などではなく独自の美学に基づいて周到に計算されたものだったことを示している、らしいです。読んだ事ないけどさ)。

もう一つ、近年の大きな成果はギリシャ時代の作品がかなり発見されたことですね。
いまだ帰属に賛否のある作品が多いですが十数点にも達していて、イタリアに渡る以前にも地元ではそれなりに人気のある画家だったのでしょう。


で、実は私がオールドマスターズの個展行くときいつも一番楽しみにしてるのがBの工房問題。。
なんとか鑑定団みたいに本物かニセモノかとか考えるのは楽しいですよね~(まぁ展覧会には真っ赤な偽物はまず出ませんが...)。。以前は展覧会行く前にワザワザ画集とかで確認したいところ予習して行ってたもんです(昔はマジメだったな~)。

例えば、下は左が有名なトレド大聖堂の「聖衣剥奪」(①285×173cm、1579年)、真ん中が今回来ているサント・トメ教区聖堂のもの(②75×43cm)、右が86年展で来ていた個人蔵の作品(③56×32cm)。

もちろん発注の記録も残っている①がオリジナルですが、他の同図様のものは、グレコ自身によるレプリカ、工房によるレプリカ、あるいは①のための習作、はたまたグレコ工房とは関係ない人物によるコピーや贋作など様々な可能性があります(「聖衣剥奪」も上半分だけの図まで含めると20点近いレプリカが知られています)。

③は上方の空間が広く取られていることを除けばオリジナルにごく忠実な質の高い縮小作品(これと極めて良く似た作品が英国のアプトンハウスにあります)。
こうした小さくて質の高い作品については、F.パチェーコが1611年にグレコの工房を訪ねた時に見せられたという「小さめの画布に油絵の、彼の生涯に描いてきたものすべてについてのオリジナル」という記述との関連が問題になりますが、現在残っている作品から判断する限りでは”オリジナル”といっても習作的なものではなく、工房制作に備えたグレコ自身による縮小レプリカであったと考えるのが妥当でしょう。③はそうした”オリジナル”の一つである可能性もあります。
真ん中の②はこれだけで見るとドラマティックで魅力的な作品ですが、一部のドレープの筆致のぎこちなさや強めの白のハイライトの付け方などが①との隔たりを感じさせます。制作年が下るからというよりはやはりグレコとは別の手による工房作と判断した方が良さそうです。。
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日本人として興味があるのは、やはり大原美術館の「受胎告知」が真筆かどうかということ。

下は左から④トレド美術館旧蔵(2007年のオークションで売却,418万4千$)、⑤ブダペスト美術館所蔵、⑥大原美術館所蔵の「受胎告知」3点(サンパウロ美術館にも似た作品があります)。
 (前回は⑤,⑥が展示されましたが、今回はこれらの展示はありません)
ウェセイは1962年のカタログレゾネで④をグレコ自筆、⑤,⑥を工房作と位置付けて日本のグレコファンに衝撃を与えました(ただしこれらは写真を見ただけでの判断とのことで1967年西語版では3作とも保留気味ながら真筆扱い)。
さて、皆さんはどう思われますか?
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個人的にはウェセイの最初の見解が比較的真実に近いかな~と。。
④はスケッチっぽく書き流した感じでマリアの顔などいかにも弱く見えますが、マリアの手や青のローブには素早い刷毛目のような筆致がそのままテクスチャアや立体感の表現となっているグレコの特徴が良く出ていて本人がサッと作った書き込み不足の作品のように見えます(サザビーズのestimateも確か60-80万ドルと中途半端な評価額でした...)。
⑤は一番しっかり書き込まれていて鮮明な色使いもあり見栄えがしますが、所々硬いのが難点。マリアとガブリエルとの距離は適切で一番緊張感があります(トレドは狭すぎ、大原は広すぎ)。
⑥は暗さ、重さが目立ち、これまでも言われてきたようにグレコの息子のホルヘ・マヌエルによって仕上げられたってのはイイところついてるかも。。
⑤,⑥はグレコ以外の手が入っているのは間違いないと思いますけど、だからといってダメな作品では全然ありません(⑤,⑥の方が④より高い評価額が付く可能性は十分にあります)。
グレコのような画家の場合は代表作でさえ多くは工房の協力のもとに作られてる訳であって、仕上げた人物と絵画的な質の高さとは個別の作品ごとに分析・評価される必要があります(グレコ工房で息子のホルヘ以外に名前が分ってるのはF.プレボステとL.トリスタン位ですが...)
まぁ、専門家がちゃんとした研究出す前こそ、素人があーでもないこーでもないと勝手なこと言えて楽しいのでございますわ~。。
皆さんも例えば白いハイライトの筆致に注目してグレコ展見るなんてのもお薦めですよ。
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前近代の画家の真筆性の判断というのは昔テキトーだった反動もあって、西洋でも日本でも20世紀の中頃からしばらくキビシクなり過ぎた印象があります。ひとつには芸術作品は個人の産物だという近代以降の意識が投影された面もあるのでしょう。
最近は工房の実態をできるだけ正確に把握して、プロデューサーとしての役割も含めた画家の画業の全体像を捉えようという研究が主流になってきたのは大変良いことですね。魅力的な工房作もたくさんあることだしさ。。まだ行ってないけどBunkamuraのルーベンス展もそういう展覧会だと期待してます。

はぁ~しかしwbc見ながら1時間位で書こうと思ってたらなんだか堅い話になってしもた...言いたかったのはOld Mastersの個展(狩野派なんかもですね)は画家の個性が表れる細かいとこ見比べながらウロチョロすると楽しいよ、ってだけなんですが...
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by brevgarydavis | 2013-03-07 14:00