美術史の小窓 その9 ” 細工は流々...仕上げは...老眼で良く見えません(ΘдΘ;) ”

出光美術館(東京)で開催中の展覧会 「源氏絵と伊勢絵―描かれた恋物語」 を見てきましたよ。

出光も長いこと行ってると、館蔵品中心の企画展では以前見た作品も多くなりますし、
源氏絵も何年か前にはマイブームだったんですが最近あんまり興味ないし、、
普通だったらスルーしちゃう展覧会。。

それなのに思わず足を運んでしまったその理由とは、
展覧会のサブタイトル... 「土佐光吉没後400年記念」!!
シブいわーー!!光吉アニヴァーサリー・トリビュートとは...マニア心わしづかみですわ~~。

別に土佐光吉もマイナーな画家じゃないんですけど、
いわば柴田理恵さんや阿知波悟美さんあたりが月9の主役に抜擢されたようなもんですかね~。。
なんで~という極めて大きなギモンとかすかな新時代への予感...

光吉に関しては渡辺美術館の「曽我物語図屏風」が近年紹介されたり、
京博と久保惣記念美術館の「源氏物語画帖」がこの2月に重要文化財に指定されたりと
ちょっとは来てる感もありますな(今年あたりがピークだと思いますけど...)。
出光にも久保惣本の「源氏画帖」が出品されてますし、東博の特集陳列「平成25年新指定国宝・重要文化財」にも京博・久保惣両方の画帖が展示中です!(5月6日までなので「大神社展」行った方はお忘れなく。国宝に指定された願成就院の運慶も来てますよ)。

土佐派と言えば室町時代には当代随一の画派として画壇の中心的存在でしたが、戦国時代以降、新興の狩野派や長谷川派に押されて次第にその地位を失っていきます。大きなきっかけとして光元が戦死したということもありますが、土佐派の目指す美意識が時代と合わなくなっていったのも事実。

狩野派の売りが、漢画を基盤とした豪放磊落、男性的な襖絵などの大画面にあったのに対して
土佐派の本領は、やまと絵を基にした繊細優雅、女性的・貴族的な絵巻や画帖にありました。

勿論土佐派も屏風など大きな作品も制作していましたし、ここ2,30年来、狩野派が大和絵的な画題も多く手がけ、図様などで土佐派の大きな影響を受けていたことも盛んに指摘されています(これには戦国時代以降にも天皇家や公家が依然として大きな文化的影響力を持ち、武家の側にもそれに対する憧れが強かったということがあります)。
しかし桃山~江戸初期に一世を風靡したのはやはり安土城や聚楽第に代表される狩野派的絵画世界。
加えて狩野派お得意の周到な後継者育成と営業戦略。。
光元が急逝した後の土佐派は没落する名門としてまさに存亡の危機にあったんです。

それをなんとか立て直して、土佐派が江戸時代にも続く橋渡し役となったのが光茂の門人だった光吉。
まぁ、光吉にはもはや狩野派に対抗して画壇の中心に返り咲こうなどという野心も能力もなく、
源氏画帖など貴族的小世界に特化して細々と生き残りを図ったとも言えますが、
結果として傍系としての住吉派などを生み、琳派・浮世絵・復古やまと絵などの大和絵系の諸派からも狩野派以上の名門として土佐派がリスペクトされ続けることができたのは光吉が頑張ったからこそ。

不肖やまと絵系の絵も大好きな私、
「土佐光吉没後400年記念」展、と銘打たれてはお邪魔しない訳には参りませぬ。

で、当然光吉の絵を取り上げたかったんですが、あんまりパッとした絵もないので(爆)...(-ω-`;)ゞ
光吉の子(または弟子)の光則の1枚を(今回の展覧会には出ていません)。

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        土佐光則筆 「源氏物語画帖・明石」(60図の内)、15×14cm、17c、徳川美術館蔵
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                            【 同拡大図 】

注目して欲しいのは何と言ってもその恐るべき細密描写...。
前述の通り土佐派の真骨頂はこうした繊細な小画面にあるんですが、中でも前近代の日本の画家で
一番細かい絵を描いたのが光則なんです。
15.4インチの画面でご覧になってる方は、上の絵がほぼ実物大。髪の生え際や御簾の横線とかじーっと観察して見て下さい!PCの画面ではほとんど見えませんよね...
幅が5~6ミリしかない筝にもちゃんと13本の弦が描かれてるんですよ!
当時西洋から渡来した虫眼鏡を使用した、なんて説もありますが、
いぜれにせよ若い時しか描けませんな...

この手の光則の細密描写が楽しめる作品には、上の「源氏物語画帖」のほか、
東博の「雑画帖」、フリーア美術館やバーク・コレクションの「白描源氏物語画帖」などがあります。。
ご覧になる機会があったら、眼を近づけすぎてガラスに激突しないようにね!!(>_<☆)\ イタタタ..
(上の光則筆「源氏物語画帖」&「雑画帖」は光吉に続いて近い将来重文指定受けると予測します)


【参考】15-17世紀頃の土佐派系図(光吉以降は必ずしも親子関係ではありません)
光信(1434?-1525?)→光茂(1496?-?)→光元(1530-69)→光吉(1539-1613)→光則(1583-1638)→光起(1617-91)

 (ようやく今週、京都の「山楽・山雪展」見に行けそうです。面白かったら報告しますよ!)
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by brevgarydavis | 2013-04-21 22:48