日の本の癩者に生れて...

先々週くらいですか、国立ハンセン病資料館で開催されている特別展、
「一遍聖絵・極楽寺絵図にみるハンセン病患者―中世前期の患者への眼差しと処遇―」
を見に行って参りましたよ。

国立ハンセン病資料館は西武池袋線の清瀬駅南口から久米川駅行きのバスで数分(歩くと30分位)
バスの本数も結構あるので、とりあえず清瀬駅(久米川側から行っても勿論OKですが)まで辿り着けばスムーズに行くことができます。
この資料館がオープンしたのは1993年。実はその頃から行きたいと思っていたのですが、
なんとなんと20年も経ってようやく訪問することができました。
 (実際行ってみたらウチから1時間ちょっとで行ける場所だったのに腰が重過ぎるわ~(>_<))。

展示は上述の展覧会を開催している比較的小さな企画展示室と、ハンセン病の歴史や療養所での生活を紹介した常設展示室3室とで構成されています。

まずは常設展示の方から。

ハンセン病については全然知らないという方は少ないと思いますしネット上での情報も充実しているのでごく概略だけ説明すると、かつては癩と呼ばれ、症状が進むと顔や手足が激しく爛れたり変形したりするために大変恐れられた病気。。そのため我が国では古くからもっとも穢れた存在と見做されて共同体から排除されるなど患者や家族は様々な差別を受けてきました。
1873年ノルウェーのハンセンがらい菌を発見し、細菌による感染症であることがはっきりしたことはハンセン病克服に向けた大きな一歩でしたが、当時は有効な治療法が無かったため患者を一般社会から隔離するという対応が推奨されました。
日本でも1907年には主に放浪患者(昔は今で言うホームレスのかなりの部分がハンセン病患者で占められていました)を国などの療養所に収容する制度が始まり、1931年からは全患者を強制的に隔離する政策が採られました。そのことによって最低限の生存権はなんとか確保されましたが、様々な療養所内の労働を強制されたり反抗的な者や逃亡を図った者は重監房に入れられるなど療養所というよりまさに刑務所のような扱いを受けることも少なくありませんでした。また実際には菌の感染力は弱いにも拘らず官憲が犯罪者のように取り締まらなければならないほどの恐ろしい伝染病だというイメージが一人歩きし、世間の人の患者に対する偏見や恐怖感を助長することにもなりました。
1941年、結核治療薬として開発されたプロミンがハンセン病にも画期的な効果があることが分り(らい菌と結核菌はよく似た細菌なんだそうです)、ハンセン病は菌を根絶して寛解することが可能な病気になりました。それによって多くの国ではもはや隔離は不要というごく当然の判断が下されたのに対し(もううつんないですもんね)、日本では1996年のらい予防法廃止まで絶対隔離政策が取られるという異常な状況が続きました(専門家の責任は本当に大きいです)。

例えば同じく恐ろしい感染症であった結核と較べるとハンセン病政策の理不尽さが良く分ると思います。
実際には結核の方が感染力も強く余命も短い病気。。それでも結核患者の人が強制的に一箇所に集められたり、そこから逃亡を図った人が独居房のようなところに入れられて懲罰を受けたり、すでに完治した人が退院もできないとか仮に外に出られても偏見が酷くて暮らしていけない、などとということは考えられませんよね(逃亡したくなる療養所って...)。それどころか結核には薄倖の佳人や文学青年を連想させるロマンティックなイメージさえありました。
こうした違いが生じた理由は、結局のところハンセン病患者の”気持ち悪い”外見に由来する古くからの差別意識が根底にあったということ以外に何の合理的な根拠もありません。分ってみればタダの病気の一つに過ぎないんですけどね...今でも患者さんが自らの悲惨な経験や不当な差別について発言したりすると、国の金でのうのうと暮らしていたくせにというような中傷が沢山来るそうですllll(-_-;)llll。


日本にある博物館の中でもとてもメッセージ性の強い博物館。
是非みなさんにも足を運んでいただきたい施設ですが、、
個人的には自分の来し方を批判されているような気がして背中のあたりに重いものが残りました。

思い返してみると、20年位前には自分もこうした問題にかなり興味を持っていたんですよね。

そもそものきっかけは大学に入った頃、大阪出身の子の「部落の奴らは...」みたいな発言を聞いてびっくりしたことだったと思います。もちろん部落差別という問題があるのは知っていましたが、よほど年取った人が子や孫の結婚に反対するというような程度のことだろうと思っていましたから、自分と同年代の友達がそういう考えを持っているということにとっても驚いたんです(彼の方は彼の方で日本全国どこででもそういう感覚が通用すると思っていたんでしょう)。
それまでの自分には見えてなかった一面が日本に存在することを知って衝撃を受けたという事。。
で、民俗学や差別を扱った本を毎日のように読みまくってましたし、大学院に入る時も被差別部落史、中央アジア史、日本美術史のどれを勉強するかで迷ったくらい(今更ながら食えないもんばっかだ...)。
だから何となく世間の人よりはハンセン病問題についても知ってるっていう意識があったんです。

しかしこうしてハンセン病資料館に来て見たら、頭に浮かぶのは「あぁこれは知ってる、本で読んだことある」っていうようなことばっかり。本当に情けない...
患者さんの辛さや悲しさに対してさえ何の語るべき言葉も持っておらず、純粋な同情心にも欠けている自分の傍観者ぶりに、お前は何様のつもりなんだと指さされているような気がして途中からはなんともいたたまれませんでした。
普段は過去のあやまちに対して無意識に批判者としての立場で見てしまうんですけど、今度ばかりはさすがにこんな自分では50年前100年前なら絶対患者を差別したり嫌悪する側に廻っていたに違いないとリアルに思われて背筋が寒くなりました。
ハンセン病政策には多くの間違いがあったのは確かですし、誰かが責任を取るべきだとも思いますが、それでもまがりなりにも患者さんに向き合って何十年も働いてきた人たちに対して何もしていない自分が一体なにを言えるのか。
絵や壺なら見てあーだこーだと言ってるだけで良いでしょうけど、苦しんでる人を前にした傍観者じゃ下手な加害者よりタチが悪い...せめてブログに書いて皆さんにハンセン病への関心を持ってもらうだけでも1ミリ位は罪滅ぼしになると良いんですが...

この常設展示室、2007年にリニューアルしたということですが、改装前より悪くなったという声もあるみたい(ただしリニューアル後にも若干の手直しはしてる模様。リンクした藪本雅子氏の他記事も参照されたし)。
こうした論争的なテーマを扱っている博物館の場合は館が提示している文脈や価値判断を100パーセント鵜呑みにしないことも大切ですよね。

なんだか長く重くなったので、企画展示の感想は項を改めて又次回に。。


(つづく)
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by brevgarydavis | 2013-06-09 00:57