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美術史の小窓 その7 ”トーガエ・ロマエ”の巻

五島美術館のリニューアル記念展第4部、「時代の美―中国・朝鮮編―」に行ってきましたよ。。
ちょっと寒いけどうららかな昼下がりにのんびり骨董見学。こりゃ極楽ですね~。

で、陶磁器や紙モノは時々展示される作品で、気になってた点を確認するって感じでしたが、
見たことない中国金銅仏が展示されてたのにはビックリ!!

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         ① 金銅仏坐像、h.29cm(光背除く)、北魏・和平5(464)年、五島美術館蔵

むむむ、五島にこんな優れた北魏仏があったとは<("0")>...青天の霹靂とはこのことです。。
驚いた理由の一つは、これととっても良く似たホトケさん達に以前から興味があったから...

(ノ・⊿・)つ
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左から
  ②金銅如来坐像、h.40cm(光背含む)、北魏・太和元(477)年、台北故宮蔵(新田コレクション)
  ③金銅如来坐像、h.41cm(光背含む)、5c、台北駐日経済文化代表処蔵(新田コレクション)
  ④金銅如来坐像、h.28cm、北魏・延興3(473)年、チベット・ポタラ宮蔵

②、③の新田コレクションというのは台湾出身の新田棟一(1912-2006)という人が集めた金銅仏を中心とした大コレクションのこと。多くは台北の故宮博物院に寄贈されましたが、③は既に重文指定を受けていたため日本国外に搬出できず、白金の駐日代表処への寄贈となりました。
だれか一代記でも書いてくんないかな~って位の怪人物ですが、表向きの略伝は次のサイトを参照して下さい (「彭楷棟先生遺贈文物特展」)
また④の仏像の頭の青、顔の金泥はチベットの通例で後に塗られたものです。

この4体、像容から台座までそっくりな部分が多くサイズもほぼ同じで、時代・制作地がごく近いのは
一目瞭然ですよね (もっと大きい図を載せれば細部の共通点も分るんだけど...)。
特に注目して欲しいのはどれも左手で衣の端を握っているところ。。
昔②か③どっちかを見た時からずっと気になってたんです。。
こんな印相、仏像の解説にも出てこないし(阿閦如来には衣の端を持つポーズがありますがこれらが全部阿閦如来として作られたとはとても思えません)、そもそも衣を持たなきゃいけない理由が分からない(薬壺や水瓶だったら分かりますが...)。
でも別に北魏の坐像だけじゃなくてガンダーラや中国、日本の立像にもあるんです。

(ノ・⊿・)つ
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左から
  ⑤仏陀立像(ガンダーラ出土)、h.109cm、2-3c、平山郁夫シルクロード美術館蔵
  ⑥如来立像(陝西省西安市出土)、h.170cm、6c後半(北周)、西安市文物保護研究所蔵 
  ⑦薬師如来立像、h.42cm、8-9c?、聖衆来迎寺蔵

左手右手、順手逆手と持ち方は様々ですが、なんか意味ありげに服つかんでますよね。。

で、最近モノの本をパラパラめくっていたら、
ガンダーラ仏の衣を持つポーズはローマの皇帝像に由来する、って書いてあるのを見つけました。 はぁ~!!そっか!!日本の仏像の本にはあんまり書いてないと思うけど多分そっち系(ヘレニズム美術とか)の人には常識なんでしょうね!
ガンダーラ彫刻がヘレニズム文化の強い影響の下に成立したのは周知の事実でしょうが、仏像の施無畏与願印などもオリエントの女神像やローマの皇帝像のポーズを基にしたもので仏教的な意味は後付けなんだそうです (ノ゚⊿゚)ノ ヘェー!!

それじゃあと思ってローマの皇帝像を探してみると、、

b0283699_14163558.jpgあれ~?衣握ってる像なんてほとんどないよ~?
そもそもちゃんとした全身像自体あんまりない...頭部だけだったり手が欠けてたり...やっと見付けたのが左のルーヴルのやつ。。

⑧アウグストゥス像、h.1,96m、B.C.2-1c

でもトーガ(ローマの男性の正装ね)握ってるのは右手だし握り方も①~⑥とは随分違う(⑦には近いけど)。ホントにローマ皇帝の格好に由来するってことでいいのかな~でも専門家の云う事だからとりあえず信じることにしますか。。

昔の聖衆来迎寺のお坊さんの中にも「なんでうちのホトケさんころも握ってはるんやろ」て思ってた人もいたかも知れませんが、まさかモロ平たい顔したお薬師さんの決めポーズがこんな濃ゆい阿部寛顔のローマ人の真似だったとは想像もしなかったことでしょう!(最澄請来という銘文を持つ横蔵寺の仏像をはじめ、若王子、地蔵院、融念寺なんかにも似たポーズの像があります。でも①~⑥とは随分違うので又別起源の像容なのかも。難しいね~)。。

以上、風呂屋以外にも古代ローマと日本とは昔から地味ぃ~に繋がってたんですよ~って話でした。
オソマツm(_ _)m

(ちなみにトーガって日本人にはただ布きれ引っ掛けてるようにしか見えませんが、かっこイイ襞の付け方とかが難しくって専門の着付け奴隷が必要なほどだったとか。普通の人が着るには面倒すぎるため人気がなかったそうです)

テルマエ・ロマエ的?な仏様が見られる五島美術館「時代の美―中国・朝鮮編―」
3月31日迄開催中!!
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by brevgarydavis | 2013-02-25 22:33

どうなる堀内コレクション...Breakfast or Broken-Heart at Tiffany's ?

先日サザビーズのサイトを見ていたら、
堀内コレクションが一部オークションにかけられていたことに気がつきました。。

Sotheby's Paris, February 16, 2013

ありゃらら~!いつかどこかに美術館ができるもんだと楽しみにしてたのに~( ̄▽ ̄;)!!ガーン

堀内コレクションって何?という人でもかつて松江や名古屋にティファニーを中心とした素晴らしい
装飾美術コレクションを展示した美術館があったのを覚えている方は多いんじゃないでしょうか。

最初は90年代半ば頃、名古屋の瑞穂区円山のビルの中にオープン、、
それがあれ無くなった?と思ったら、数年後、遥か島根県にイングリッシュガーデン付で再登場。。
近所の古江駅が ”ルイス・C.ティファニー庭園美術館前駅” という日本一長い駅名になったことでも話題になりました(行ったことないくせにすらすら暗誦できるテツ多数...)。

それが所有者の堀内不動産と松江市とのごたごたでわずか数年で又々閉館の憂き目に...
 (今ネットで調べたらオープンしてたのは2001~2007年の間みたいですね)。。
私は結局松江までは行かず終いだったんですが、写真で見る限りでは日本じゃ珍しいピリオドルーム風の展示室もあったりして頑張っている印象もあったのでもったいないなーと残念に思っておりました。

でも堀内武雄氏が東京近郊で美術館建設の可能性を探ってるなんてウワサも小耳に挟んだような記憶もあって密かに期待してたんです。。

ああ、、それなのにそれなのに( ;´_ゝ`) ...

いや、今回売却されたのはラリックやガレなど堀内氏の収集品の中では周縁的な作品群。。
あくまで堀内コレクションのメインとなるのは、個人蔵としては、あるいはアメリカ国外では間違いなく
最大最良を誇るティファニーコレクションです。。
これはコレクションの純度を高めるとか美術館の建設資金を得るとかを目的とした前向きな売却と思いたいー!p|  ̄∀ ̄ |q ファイトッ!!
ご承知の通りラリックやガレについては日本にもその全体像を閲することができる優れた美術館が
存在しますが、ティファニーの場合まとまった点数を見られる美術館はありません。。
ティファニーのステンドグラスやランプの一級品には他のガラス製品では味わえない壮麗さと繊細さを併せ持った絢爛豪華な迫力があります (実物見ると感動しますよっ!)。。
なんとか、堀内家には頑張ってもらいたいものです!!

一応今回のオークションについて触れておくと、(詳しくは上のリンクを参照のこと)
総額では666万ユーロ余り、一番高値が付いたのは下のラリック作品で124万ユーロほどです。
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「蝶の女」(1900年万国博覧会におけるラリックのショーウィンドウの装飾柵)、h.103cm
(他に同種の作品が4件(ベルリン装飾芸術美術館、箱根ラリック美術館、個人蔵2件)あります)
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by brevgarydavis | 2013-02-23 00:33

ここ惚れ ワンワン! my treasure その4 ” 拝啓 シンラの君へ”の巻

王羲之展に感化されて又々『西川寧著作集』をパラパラ読んでたら
 (いやー西川先生の本は勉強なるあるよ~)、
賢首大師の尺牘 が眼に飛び込んで参りました。。

あーそういえばこれがあったか ! !(・。・)b、、
不肖わたくし一度も実物を見たことはないんですが、
それでもこれは My Treasure として取り上げねばなるまいて... φ(..)カキカキ。。

「賢首大師尺牘」、またの名を「唐法蔵寄新羅義湘書」なんて言いますが
 (色んな呼び方があります)、
要するに唐の法蔵(賢首大師、香象大師とも)が新羅の義湘に送った手紙のことです。。
といっても法蔵?義湘?who?っていう方が多いでしょう。。
幸い我が日本国に両者を描いた絵があるでござる。

          From Me                   To You
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  向かって左が法蔵(642-713)で右が義湘(625-702)。。

絵では法蔵の方が老けてますが、実際には義湘が兄弟子で17歳の年長。。
右の義湘の肖像は「華厳宗祖師絵伝」という高山寺にある有名な絵巻から取ったもので見覚えのある方もいらっしゃるでしょう。。一方法蔵の肖像は金で大定25(1185)年に描かれた絵を日本で鎌倉時代に模写したという珍品です(東大寺蔵)。

義湘は遥々新羅国から唐へ留学(661-671)して華厳宗第二祖智儼に学び、華厳宗を朝鮮に伝えた人。
法蔵は同じく智儼に学び、華厳宗の教学を大成して華厳宗第三祖となった人。
二人とも華厳業界では神レベル、ほとんど伝説上の人物のようなお坊さんたちです。。

この二人の間に交わされた直筆の手紙が残ってるって言うんだからビックリしますよね~。
しかもそれが本当に心洗われるような名筆中の名筆なんです!!!。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。

(っ・ω・)つ
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(上は全体像、左は中央辺りの部分)

うーん、PCの画面で見るとなんか魅力が伝わらない気がするな~(って私も本物見てないから偉そうなことは言えませんが…)。
でも静かな夜にじっとこの書を見つめれば、誰だってこの千三百年前の書の持つ高く澄みきったひびきにと胸を衝かれるはず..まさに上善水の如し、しばしこれを見た後に改めて他の見慣れた書を見ると書家のケレン味が鼻につくようでびっくりします。。
禅僧の墨蹟なんかを見てもあまり書は人なりとは思いませんが、この尺牘からは法蔵の寛やかで清廉な人柄がしみじみ伝わって来ますよね。

坂本幸男氏の考察によるとこの手紙が書かれたのは西暦692~694年頃。
今は奈良県の天理図書館に所蔵されてるんですが、そこに到るまでの来歴も興味深いものです。。

最初にこの手紙が忽然と現れたのはなぜか元末の中国。。
別峯和尚という人がどこからか手に入れて鑑識眼のありそうな人たちに見せまくったらしく、1354~1364年の間の10人の元人の跋が附属しています。

あれれ??新羅に送ったはずじゃないの?と思ったあなた、そうですよね。。みんな同じギモンを持ったらしく跋を書いた元人から現代の学者まで新羅宛の手紙が中国で見つかった理由を色々考えてますが結局よく判らないようです。
ただこの手紙が確かに新羅まで届いたことは、その内容が「法蔵和尚伝」「円宗文類」「三国遺事」といった新羅末~高麗期の著作に引用されていることから間違いありません。

ん?それじゃそうした著作を見て作ったニセモノって可能性はないんでしょうか。。あるいは法蔵の真筆だとしてもこれは草稿とか控えで送った手紙は別だとか?

普通ある人の書が真筆かどうか確かめるには、その人の他の書と筆跡が同じか否かで判断するわけですが、この手紙以外法蔵の書というのは知られていません (というより7世紀以前の書で有名人が書いた肉筆の書なんてのは片手で数えられるほどしか伝存していません)。。
ですから厳密には法蔵の真筆と確認する手段はないんです。

西川寧氏もそこらへんを縷々考察してますが、結局の所これだけきちんと書かれて本物のオーラが出てる書は草稿や控えとも思えないし、ましてや後世の写しや偽物ではありえない、ってことみたい。。
ただ李丙燾氏は先に挙げた「円宗文類」「三国遺事」などの引用文とこの尺牘の語句に若干の違いがあることから、法蔵が新羅に送ったのは修正した別の一通で、この一通はそのまま中国に残されたのではないかと推測しています。まぁ、違いはわずかなもので引用の際の単純ミスかも知れません。。

美術史の世界では主観的だろうって言われても結局本物に見えるってことこそ本物と判断する最大の根拠だったりして、畢竟理屈じゃないってところは確かにありますな...

元末以降、この書の行方は再び杳として知れず...
明清の皇帝のコレクションに入ることもなく著名な収蔵家の過眼にかかることもなく、恐らくは江南の寺院あたりで数百年間静かに眠りについていたのでしょう。
再度この書が世に出たのは、嘉慶21(1816)年のこと。北京の琉璃廠に売り物として現れ、成親王(乾隆帝11子)はじめ清末の収蔵家の間を転々とします。

日本に渡ってきたのは1954年頃のことらしく、林朗庵という人(所有者ではありません)が買い手を求めて台湾か香港から持ち込んだようです。共産党政権成立後の数年には多くの名品が混乱を逃れて中国から流出しましたが、これもその一つということなのでしょう。

その時の売値は2万ドル(720万円)、当時の大卒初任給が1万円ちょっとということですからそれで換算すると今の一億数千万円位ですか。。王羲之展の記事でも書きましたが、戦後暫くの日本では中国からせっかく名品が持ち込まれても購うことができずアメリカに転売されていった例が多くあります。
この書もご多分に漏れずなかなか買い手がつかなくて東大寺(華厳宗大本山だからね~)や韓国(欲しくても朝鮮戦争直後ではね...)にも購入が打診されたようですが、結局天理教が手中に収めてその膨大な貴重書コレクションの一角に加えることとなりました。

あ、肝心の手紙の内容に全然触れてませんでしたわ(゚□゚) ハッ!。。
恐らく法蔵にとって義湘はその人物・学識において最も信頼に足る兄弟子だったのでしょう、曰く 「別れてから20年、修業も完成せず心も定まらない私(法蔵)ですが師の衣鉢を継いで「華厳探玄記」(華厳宗では名著中の名著らしいです)ほか幾つかの著作を完成することができました。それらを勝詮法師(新羅僧)に託して送りますから何卒ご教誨頂けませんでしょうか」、というような意味のことが仏教的な修辞を凝らして述べられています。

それにしても生きてる内になんとか実物を拝見したいものですね。公開の情報を掴んだ方はよろしく御一報お願い致します。m( ̄ー ̄)m


  【興味のある方の参考として】
今西龍1933「唐崇福寺僧法蔵致新羅華厳法師書」(未定稿)(『新羅史研究』)
        (現在台東区の書道博物館に所蔵される模本に基づいた研究)
西川寧1955「賢首大師の尺牘」(『書品』62、『西川寧著作集』第二巻に再録)
坂本幸男1955「賢首大師の書簡について」(『書品』62)
神田喜一郎1971「唐賢首国師真蹟「寄新羅義湘法師書」考」(『南都仏教』26)
李丙燾1971「『唐法蔵致新羅義湘書』(墨簡)について」(『ビブリア』48)
金知見1972「寄海東書考―特に五教章和本・宋本の背景について―」
         (朝鮮奨学会『学術論文集』第1集)
また渡部泰明氏が「中世文学に見られる異国人に関する研究―明恵と元暁・義湘を中心として―」という当尺牘の研究を含んだ課題で2005~2007年の科研費を受けています。
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by brevgarydavis | 2013-02-15 01:39

西美の新収品,セザンヌの「ポントワーズの橋と堰」展示開始!!

以前紹介したセザンヌの「ポントワーズの橋と堰」 (国立西洋美術館が昨年8億円で購入!)が、
今日から展示開始ということで、さっそく大急ぎで見てきましたよ。

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見た感じ予想外な点はなくて図版で想像してた通りでした( ̄▽ ̄)。o0○。

まぁ傑作とまでは言えないまでもセザンヌの風景画として佳品は佳品かな。
 (新収のセザンヌに対してこんなこと言えるようになったなんて日本も豊かになったもんですな..)
前景の草むら越しに中景の水面が広がりさらに遠景の橋や家並みまで左の道が自然に視線を導くという風景画のお手本のような構図。筆触もパレットもこの時期のセザンヌの典型といえるもので眼になじんだ安心感がありますね。。
個人的にはセザンヌの風景画だったらもうちょっと後の時期の、筆触が重なって響きあうような、空間の構成もより自由な作品が好きなんだけどこの時期のカッチカチに固い作品も悪くはないです。。

もともと松方コレクションには油彩5点、水彩8点、リトグラフ2点のセザンヌがありましたが、結局西美に入ったのは水彩4点だけでした。油彩のうち2点は戦後早くに流出し現在はメトロポリタン美術館とサンパウロ美術館の所蔵。。他の3点はまだ日本にあるのかなー?「読書をする青年」はかなり後まで神戸・個人蔵だった記憶がありますが..せめて3点の図版載せようと思ったんだけど本が見つからん..(最近このパターン多し。見つかったら載せます)。
やっぱりセザンヌが4,5点並んでると洋モノを扱う美術館としては風格が出るんですけどね~。
日本にも個人蔵の良い作品があるので、なんとか流出せずに西美あたりに寄贈されると素晴らしいんですが...まぁ人様の持ち物だからとやかく言うわけにもいきませぬ。。

しばらく前から気になってるのは西美の新館2Fの作品の見栄えがいま一つに感じること。。昔、天窓から自然光が入ってた頃はもっと絵がキラキラ輝いてたような気がするんですが..(新館にオールドマスターズが展示されてた頃ね)。。雨の日なんかはかなり暗くなったりしてそれが又良かったりして。。
太陽光入らなくしたのは随分前のはずだけど、最近展示室が改装されて益々光の具合が悪くなったように思います。。いや、もしかすると照明や展示室のせいじゃなくて自分の視力が落ちたせいかも、って疑ってもいるんですけどね(・_・?) ハテ? 皆さんどう思われますか??


P.S.そういえば先週見に行った千石コレクションの爬虫類にも大いに感銘を受けましたよ(科博ね)。
今回はちょっとだけでしたが、将来企画展か何かでもっと大規模に展示してくれることを激しく期待!!
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by brevgarydavis | 2013-02-12 23:31

知らないうちにあなたも買ってます。。(日本絵画編)

前々回に近年小川家から国にかなりの作品が譲渡されたことを書きましたが、、
それ以外にも意外と日本国は文化財を着々と買い入れてるんですよ。。
これは国立博物館の購入費(4館で数億~十数億位)以外にも文化庁に国宝重要文化財等買上予算というのがありまして、

    「日本文化史上重要な作品が近い内に売られたり散逸しそうだという情報をキャッチ!」
  ⇒「文化財保護の観点から購入候補をピックアップ」
  ⇒「緊急性の高いものから順次計画的に予算を振り向けて購入」

という仕組みができてるんですね。
長い間20~25億円くらいの年間予算額がありましたけど、最近は十数億円に減額されてるようです。
昔は文化庁に作品が溜まると随時国立博物館に移管されてたんですが、2001年度からは国立博物館が独立行政法人になったので簡単には管理替できなくなったみたい。ま、作品は博物館に預けられてるので見る方からすると大差ないんですが。。

近年日本美術は西洋美術や中国美術ほど高額ではないので、20億円もあれば大概の作品は買えるんですが、、買えなかった数少ない作品の一つが伴大納言絵巻(出光美術館蔵)。
以前東博にいた先生に伺ったところによると、ずっと東博に寄託されてたので是非入手したかったんだそうですが文化庁の購入予算では出光に勝てなかったとのこと。。酒井家(小浜藩主の子孫ね)の方々が3人そろって長者番付に載り話題になりました(3巻本だから仲良く1巻ずつ相続したんでしょうね...)。でも国や地方自治体に国宝・重要文化財を売る場合は非課税扱いになるので文化庁の予算と出光に売った金額とでは大差ない気がするんだけどな~?ちょっとでも高い方にってことでしょうか。。

で、近年国(国立博物館含む)が購入した書画でめぼしいものを挙げて見ると、、

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左上から順に、、

 「麻布山水図」、58×69cm、8c 【3億1500万円で九博が購入】
 「地獄草紙(第8段;沸屎地獄)」、26×104cm、12c 【2億円で奈良博が購入】
 「仏涅槃図」(長保寺本)、233×158cm、13c 【2億8140万円で文化庁が購入】
 「九相図」、32×495cm、鎌倉末期 【3億9900万円で九博が購入】
 「浜松図屏風」、(各)160×356cm、15-16c 【6億8333万円余で文化庁が購入】
 曾我蕭白筆「群仙図屏風」、(各)172×378cm、1764年 【4億1475万円で文化庁が購入】
 与謝蕪村筆「新緑杜鵑図」、153×79cm、18c 【1億8900万円で文化庁が購入】
 伊藤藤若冲筆「石峰寺図」、72×102cm、1789年 【3675万円で京博が購入】
 長澤芦雪筆「厳島八景図」(全8図)、34×47cm、1794年 【2億6000万円で文化庁が購入】

ってな感じですね(どれも大好きな作品だぁ~)。。
他にも「病草紙断簡」や「南蛮屏風」など様々な作品が購入されています。

何億円なんていうと別世界の話みたいですが、
皆さんの税金で買ったものですから皆さんのものでもあるんですよ~
例えば蕭白の群仙図屏風なら、一双13平方メートルの内、
人口で割った0.1平方ミリメートル位(点だ...)は確実に自分のものと思っちゃって良いはず!!

私はいつもうちの屏風ちゃんと管理してくれとるかいな、って目線で見に行ってます('ー') フフ
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by brevgarydavis | 2013-02-09 15:22

韓流窃盗団お縄!!でも盗人にも三分の理?

去年の10月8日、対馬の海神(わだつみ)神社の如来立像が盗み出されたというニュースに驚かれた方も多かったでしょう。仏像好きならすぐに像容が思い浮かぶ有名な仏様だったからです。。その後同じく対馬の観音寺の観音菩薩坐像(これも良く知られた仏像)も無くなっていることが判明し、一仏像ファンとして暗澹たる気分になったものです...

仏像の盗難は日本人によるものも珍しくないのですが、これら2体の仏像が朝鮮半島で制作されたものだったことから近年多発している韓国人窃盗犯による犯行では、との思いがやはり頭をよぎりました。
案の定、数日前の朝鮮日報や中央日報などの報道によると、仏像を盗みだしたのは8人からなる韓国人窃盗団のグループで、うち4人が逮捕され仏像も無事回収されたとのことです。。
釜山港で通関する際にX線検査でひっかかり、わざわざ文化財鑑定委員が調査したにも係らず近代の模造品と判断してスルーさせていたというお粗末な実態も明らかになりました (この鑑定員、仏像ファンじゃないことは確かだ...)。ただ鑑定時の写真や記録が残っていたおかげで日本から照会があった時、直ちに持ち込んだ人物の検挙につながったのは幸いでした。。

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   如来立像、h.38cm、8c、海神神社蔵             観音菩薩坐像、h.50cm、天暦3(1330)年、観音寺蔵

韓国の一部ではこれらの仏像は倭寇による略奪品の可能性があるから伝来の経緯が分るまで日本に返還するなという声もあるようですが、まぁ、韓国政府がそこまで非理性的な対応を取る可能性は少ないでしょう。。

近年文化財返還問題は世界的に大きな問題となっていて欧米では多くの美術館が対応を迫られていますが、日本の場合は今のところ中国がこの問題に関して割と抑制的な態度を取っていることもあって、返還要求のほとんどは韓国からのものが占めています。大きなニュースになった一昨年の「朝鮮王室儀軌」返還(お渡し)などはまだ記憶に新しいところですよね。日本人でさえアメリカの美術館などに日本の美術品 (ほとんどのものが全く合法的に入手されたものです)があることを残念がる人が結構いる位ですから、韓国人の気持ちも分らないではないのですが、問題は朝鮮半島の文化財がどのようにして日本に渡来してきたのか、韓国人(日本人もですが)やマスコミがほとんど知らないまま議論(言い合い?)がなされていることだと思います。。

てなわけで、あまりにもネットにちゃんとした情報がないので、明らかにその能力もなく任にもないワタクシですが日本にある韓国美術についてここでザッと概略を述べてみようと思ったわけなんですが...


まず、韓国の文化財全般について言えば他国に流出した量は必ずしも多くありません。。韓国の文化財研究所による最近の数字では20ヶ国549の所蔵先に14万560点の朝鮮半島由来の文化財(古書も含む)が確認されているそうです(日本に6万5千点、米に3万8千点、独に1万点余など)。。
まぁ文化財というのは金銭的価値でいうと1点1万円もしないようなものから億単位のものまであって、安価なものなら今でも大量に骨董店に転がってますからこうした数自体にはあまり意味はないんですが、ざっくりとした感覚でいうと自国外にある文化財の量は日本が韓国の数倍、中国が20~30倍位というオーダーだろうと思います(本当に適当な見積もりです)。中国ではよく「国外にある中国の文化財は1000万点、うち価値の高いものが100万点」なんて言いますけど、これもそれほど荒唐無稽な数字というわけでもありません。例えば日本にある韓国の古書は4~5万冊位かと思いますが、中国の古書は図書館にあるものだけで200万冊前後にはなるんじゃないかと思います。。
もちろん韓国国内にある文化財も日本や中国と比べると大幅に少ないので流出した割合は低いわけではありませんが、他のアジア諸国に比べれば高いということも全然ありません。。
結果欧米では韓国美術の存在感はかなり薄いものとなっています。アメリカの美術館などでは韓国系移民の存在や近年の韓国経済の発展を受けて(或いは東アジア美術を展示している館では恐らく日中韓3ヵ国の美術をバランス良く展示したいという意欲もあって)、韓国美術の収集に力を入れるところも増えていますが、収集品は陶磁器や19世紀以降の絵画などが中心で優れたコレクションを今から築くのはなかなか難しいようです。。

そんな中、朝鮮半島の文化財に継続的な関心を示してきたほとんど唯一の国が日本だと言ってもよいでしょう。結果、韓国国外にある韓国美術の尤品のかなりの部分が日本にあります。


で、韓国の文化財が日本に流入した時期は次のように分けられると思います。

①奈良時代以前;国家間貿易,私貿易、帰化人による持込
      仏像、金属材料など
②鎌倉~室町時代;高麗,朝鮮との交易、あるいは倭寇による略奪
      大蔵経や高麗仏画などの仏教関連の文化財、水墨画など
③1592年~93年;秀吉の朝鮮侵略に伴う略奪
      書籍,朝鮮王朝仏画,梵鐘など
④江戸時代;日本に来た通信使が日本で制作した書画
⑤近代以降;骨董品としての売買、国による搬出
      高麗青磁、考古遺物、陶磁器を始めとした李朝美術など

(追記)
あ~①から⑤まで流入の状況を詳しく追記しようと思ってたんですが、仕事が忙しくて面倒になって来ました...(すいません)。。

ざっくり概括的なことだけ書くと、

  一番貴重な文化財が多い高麗時代の仏教美術に関しては、基本的には交易や贈答によって
  日本に持ち込まれたものが多いだろうと思われます。しばしば韓国で主張されるような
  文禄慶長の役の時や植民地時代に持込まれたものはあったとしても少数でしょう。
  ただ松浦や対馬などかつて倭寇の本拠地だった地域の半島由来の文化財は、ちょっと他の
  地域とは違った遺品も多く倭寇によって略取されたものである可能性もあります(そうである
  確かな証拠もないんですが...)。
  一方、秀吉の出兵に伴って戦利品として舶載されてきた文化財は比較的はっきりしています。
  16世紀後半を中心とする朝鮮王朝の仏画、蓬左文庫等にまとまって収蔵されている古書など
  です。常宮神社の国宝鐘もそう考えて間違いないと思われます(かつては朝鮮からの分捕り品
  というのは地元の誇りでした)。個人的には朝鮮の文化財ではありませんが、宮廷の図書館に
  所蔵されていた数点の北宋版が最も貴重なものと感じます。。
  近代以降に流出した文化財をどう考えるかというのは難しい問題で、ほとんどの場合取得者は
  善意の第三者として文化財を購入しており、そうした搬出に対しても規制が加えられるように
  なったのはごく近年のことです。それ以降に輸出されたことを証明できなければどうしようも
  ありません。結局法律的には大半が違法性を問えないわけですが、明らかに盗掘などが疑わ
  れるケースもあり韓国人としては口惜しいと思う人も多いでしょう。流入する文化財も多い
  国であれば、文化財は人類共通の遺産なのだから大事にされているならどこの国にあっても
  構わないというような余裕のある態度も生まれますが、韓国はそうではありません。。
  まぁ、ほとんどは貧乏な時に売っちゃったものであることも事実でそれを丸ごと略奪と称する
  のもどうかとは思いますが...
  結局領土問題と同じで一朝一夕に解決する問題ではないんですよね~(´∞` ) 。。


☆ 興味のある人のために参考文献いくつか挙げときます。。

  菊竹淳一,吉田宏志(編)1981 『高麗仏画』、朝日新聞社
  菊竹淳一,鄭于澤(編)2000 『高麗時代の仏画』、時空社(ソウル)
  楠井隆志1997 「高麗朝鮮仏教美術伝来考」(山口県立美術館『高麗朝鮮の仏教美術』展)
  李泰勲2011 「鏡神社所蔵高麗仏画「楊柳観音像」の発願者と日本将来について」
        (『福岡大学人文論叢』42-4)
  村井章介1988 「『倭人海商』の国際的位置―朝鮮に大蔵経を求請した偽使と例として―」
         (『アジアの中の中世日本』)
  姜健栄2001 『李朝の美―仏画と梵鐘』、明石書店
  小泉顕夫1932 「古墳発掘漫談」(『朝鮮』1932.6)
  三宅長策1934 「そのころの思い出 高麗古墳発掘時代」(『陶磁』6-6)
  浅川伯教1945 『朝鮮の回顧』、近沢書店
  長谷部楽爾1983 「高麗陶磁をめぐって」(『朝鮮考古資料集成』、出版科学総合研究所)
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by brevgarydavis | 2013-02-02 17:08